目玉焼きと娘に学ぶ。

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近頃、仕事で分析をしています。

実験アレルギーです。

何故か。

科学の知識が乏しい。

薬品がおっかない。

何よりも失敗が恐い。

そんな考えを転換する出来事がありました。

 

先日、娘が唐突に「卵をパカンする!」と言い出しました。

どうも、フライパンで焼きたいらしい。

卵を落としたり。

熱したフライパンを触ったり。

塩をこぼしたり。

なんだかんだあったけど、やり遂げました。

 

この子は、失敗を恐れていただろうか。

卵を落としても、彼女のように悔しがれば良い。

熱したフライパンを触ったら、彼女のように繰り返さえなければ良い。

塩をこぼしたら、掃除すれば良い。

娘に、教わりましたね。

 

よくよく考えると、料理と実験は何が違うと言うのだろう。

料理本は実験書。

家電は分析機器。

調理器具は実験器具。

調味料は薬品。

料理は科学。*1-4

オレは、ご飯だって炊けるし、炒飯も作れる。

実験、出来ないわけないじゃん。

そんな、単純な私です。

 

最初の実験は、器具を落としたり、触ったら熱かったり、サンプルをこぼしたり。

挙句の果てに、スイッチ切り忘れて、夜中に職場に戻ったり。(ちゃんと切ってあり、悔しかったので、コンセント抜いて帰りました。)

散々でした。

でも、良いんです。

今は、失敗や成功より、挑戦の数が大事と思うから。

 

きっと娘は、美味しい目玉焼きが作れるようになる。

失敗を繰り返しながら。
必ず自分も、正確な分析ができるようになる。

挑戦を繰り返していれば。

娘が作った美味しい料理が食べられる。

そんな、日が来る。

その前に、お父さんは、まともに実験出来るように、頑張ります。

 

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官能小説が好き。

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ものを覚え方は、人によって違う。

自分は文字。

映画より原作が好き。

テレビより新聞が好き。

エロ本より官能小説が好き。

そんなタイプです。

 

「私達は、映像でものを記憶するので、視点が少し違います。」

自閉症の書き手が、そのようなことを著書で述べていました。*1

裸の大将こと、山下清さんは、絵をその場ではなく、スケッチと記憶を頼りにアトリエで書きあげたそうです。

 

一方、ルーティンで有名なラグビーの五郎丸さん。

一連の流れを、ビデオで見て、文章化したそうです。

その結果、助走が8歩であると気が付き、完成に至ったと書かれていました。*2

 

仕事、考え、気持ちなど。

大事なことは、文字に起こして、頭に刻んできました。
だから、メモは馬鹿みたいにとる。
昔、上司から、いちいちメモしないで、覚えろと怒られた経験もあります。
見て、覚えろ。
出来ないから、書くしかなかった。

 

どの方法が、良い悪いは無い。

自分に合ったものが、一番です。

映像や文字に、限りません。

音、数字あるいは色という人もいると思います。

自分はやっぱり文字。

いちいち書くのも、不器用な自分らしくて良いかなと思います。

後々、振り返れるのも魅力ですね。

 

とはいえ、官能小説は読みませんよ。

誤解の無いように。

 

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*2五郎丸日記 https://www.amazon.co.jp/dp/4408455830/ref=cm_sw_r_cp_api_wLP.xbTT3HFEZ

 

 

"Must "より"Want"。

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最近、クライミングが充実している。

遠征しているわけでもないし、難しいものを落としたわけでもない。

単純に、登りたいものを登っているからだと思います。

 

初登、見た目、グレード、ハイボールにクラシック。

登りたいと感じる要素は千差万別。

"岩の真ん中を突き抜ける"

それが、自分の好みです。

薄かぶりで、カチなら文句なし。

具志頭のSNCは、その意味でも忘れ難いです。

 

ロクスノの遠征記事で、佐藤裕介さんか横山勝之さんが、

「この壁を見て、登らないのは、クライマーとしてどうなんだ?」

と書いていた記憶があります。(間違ってたら、すみません。)

「この壁を見て、登らないのは、青山勝也としてどうなんだ?」

という岩が、たまたま家の近くにあって、簡単だっただけ。

彼らとは、余りにもレベルが違うけれど、一緒のつもりです。

 

ジムでも、岩でもいい。

高くても、低くてもいい。

難しくても、簡単でもいい。

何でもいい。

自分の価値観を信じるんだ。

 

みんなが、やってるから、登らなくては。

ではなく。

自分が、やりたいから、登りたい。

"Must"より"Want"。

それが一番大事と思います。

 

 

堪忍袋の緒が切れる前に。

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気が長くなったと思う。

昔は、瞬間湯沸かし器みたい。

今は、T-fal電気ケトルくらい。

いつかは、タイガーの電気ポットのようになりたい。

お湯が、沸く時間と温度をタイマー調節出来る。

適時、適宜に、怒るみたいなね。

 

自身を律すべき場面は、存在します。

抑え切れない時もちらほら。

そんな場合は、妄想します。

対個人であれば、もし俺が、ストIIザンギエフだったら、スクリューパイルドライバーを決めてやるのに。

対団体であれば、もし俺が、ドラゴラムを唱えられたら、なぎ倒してやるのに。

とか。

 

短気は損気。

言われ続け、四半世紀。

短気のベテランとしては、ハーフハーフと考えてます。

感情の起伏があるのも、人間らしくて良いのかなと。

何時も、ニコニコでは腹立つし。

何事にも、ポーカーフェイスでは怖いし。

とはいえ、何でもかんでも、キレられては困りものです。

 

だから、怒りを制御する必要がある。

やり過ごすべき時は、やり過ごす。

怒るべき時は、怒る。

それを、身に付けなくてはならない。

堪忍袋の緒が、切れる前に、緩める術を。