怪しい街。

研修でつくばに来ています。

今週一杯の長丁場です。

自分の中で、「頭の良い科学者が何やら怪しいことをやってる街」というイメージがあります。

パトレイバーのシャフトエンタープライズもつくばを拠点にしていましたね。✳︎

この土地のどこかで、グリフォンが作られていると思うと、ちょっとだけ怖い。

どこか敷居が高くて、近寄りがたい。

そんな場所です。

 

実際に会ったつくばの人々は、やはり妙なことばかりやってました

それを、ものスゴい高度なレベルで、真摯に、こだわり抜いて、取り組む姿に感嘆するばかりです。

米一俵は何粒なのか、一粒一粒数えていく。

そんな風に、めんどくさいことをいちいちやる、やれる。

そんな方々でした。

 

井の中の蛙大海を知らず。

自分の知識やらなんやらに自信を持っていたけれども、見事に打ち砕かれました。

されど、空の青さを知る。

自分にしか見えないものがあることに、気が付きました。

もちろん、自分のやり方が、我流で間違いだらけだったのは事実です。

でも、自分の考え方まで、右に倣えで、修正する必要は無いというのも真実な気がします。

 

この地を疎遠に感じていたのは、レベルの差に傷付くのを恐れていたからかもしれません。

実際、辛かったのですが、来て良かったなと思います。

一度、自信が砕け散ると、気分も楽になるものです。

今回の研修で学ぶべきは、それなのかもしれませんね。

 

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春夏秋登。

今年は、ずっと同じ山通い。

風がビュービューの春。

陽がギンギラギンの夏。

紅葉がマーブリングの秋。

どの季節も魅力的。

今が、ベストシーズンにしてラストシーズン。

 

春は、お馴染みの課題をリピートして始まる。

毎年、登れずにへこんだり、ムーヴが変わったり。

自分が退化してるんだか、進化してるんだか悩ましい。

「石の人」のスタートに、指をねじ込む。

今年は、痛くないなんていう淡い期待を持って。

当たり前なんだけど、相変わらず痛い。

 

夏は、汗を拭いながらアプローチを歩く。

今の内に、ホールドの持ち方、スタンスを固めようといそいそと。

サンサンと輝く太陽。

モクモクと湧き出る雲。

サラッとした爽やかな風。

ライミングというよりハイキング。

ムーヴは出来ませんでしたが、健脚が作られる。

 

秋は、今日で決めよう、今日で最後にしようと、砂利道を車で走る。

ホールドは相変わらず痛いけれども、アプローチはもう辛くはない。

少しずつ、少しずつ高度も上がっていく。

マントルにまで到達し、次で最後だと意気込む。

その辺りから、調子を崩して、スタートすら出来なくなり、今日を迎える。

 

春から夏にかけて固めたムーヴを今更変える。

良い感じなんだけれど、地団駄を踏むばかり。

前向きだったあと一日も、後ろ向きなあと一日になる。

今日で終わりにしようって。

岩を背にした直後は、そう思う。

もう一日やってみようって。

駐車場に戻ると気が変わる。

あと一日、もう一日と続ける間に、シーズンオフが迫って来た。

「冬」か「登」のどちらが先か。

わからないのだけれども、あと一日、もう一日はまだ続きそう。

小川山遠征-チリも積もれば山となるの巻

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オレって、センス無いなぁとつくづく思います。

長年やってるだけで、何だかパッとしませんね。 

今回の小川山でも、相変わらずですが、続けてて良かったなと思いました。

 

15年前に買った雑誌を読み、憧れた課題を登れた。

当然なんですけど、始めた頃から比べたら、段違いに強くなれたんだなと実感出来ました。

技術や体力もそうですが、精神面も少し成長したような気がします。

前だったら、登りたい課題があったとしても、一人で小川山には行かなかったかもしれません。

そういう、行動を起こせたこと自体が成果だと考えてます。

 

とはいえ、パッとしないのは相変わらず。

結局、3日間で登れたのは、3課題くらいでした。

オレの15年なんて、チリを積み重ねてきたようなものです。

だけれども、チリも積もればホコリとなる。

気がついたら、大きくなっている椅子の足のゴミのようなクライミングが出来ればなんて思いました。

「お前、いつの間にでかくなったんだ。」

と言われる憎らしいワタゴミみたいなね。

 

派手なクライミングは出来ないし、スケールの小さなことしかやらないかもしれない。

だけれども、野に咲く花のように、地味に、質実に、やっていければ良いですね。

さて、来年からはTwo monks に挑戦します。

先は長いかもしれないけれど、やり続けたいですね。

また、来ます。

遠征中に、お世話になったクンペーさんと若林さんに感謝。

ありがとうございました。

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小川山遠征-ハートに火をつけての巻。

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昨日の敗退の不甲斐なさ。

今日も駄目だろうという不安。

腰は痛いし、筋肉痛。

どうも、やる気が出ない。

ちょうど、クリーンクライミング小川山というイベントが開催されていたので、気分転換に参加しました。

 

杉野さんの挨拶。

兼原さんの講習。

話の内容もさることながら、二人からほとばしるクライミングが好きなんだなぁというオーラが良かったです。

消えかけていた自分のモチベーションが、ぷすぷすとくすぶるのを感じました。

 

とはいえ、どうせ駄目だろうという気持ちを抱えたまま、クジラ岩へ。

若林さんと合流し、緑のマントのトライを見学。

「あと何年かしたら登れるか。」

とさらりと言いながら、体現してきた立ち姿を見て、ようやくハートに火がつきました。

 

前日の反省を踏まえて、ムーヴを修正。

ポケットに足を突っ込む作戦へ。

遠いクロスでピンチをつまみ、右手をプッシュ。

左足をポケットにねじ込み、右足を上げていく。

体制が安定したところで、ピンチをアンダーに持ち替える。

後は、夢中でポケットに飛びつき、必死にマントルを返しました。

ようやく、グロバッツと課題を共有することが出来ました。

 

あの時、あの雑誌を読み、憧れた課題。

その上に自分がいる。

この感動は、何にも代え難いです。

少しは、強くなれたんだなと思うと、ちょっと涙ぐみました。

ちょっとだけれど、成長出来た気がした1日でした。

 

 

小川山遠征-林の中での巻

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1年半振りの小川山。

ここには、死ぬまでに登りたい課題が二つあります。

グロバッツスラブとtwo monks。

これは、どうしてもやりたいです。

もちろん、理由は見た目がかっこいい。

以上。

と言いたいところですが、初登者の影響が大きいです。 

 

グロバッツスラブは、初めて買ったロクスノに載っていたのを今だに覚えてます。

一本指のポケットなんて持てるんだと驚きました。

Ninja の記事を読んで、かっこいいよ、グロバッツと素で思いました。

 

two monks は、クリス•シャーマが開いた課題です。

自分が登り始めた頃のスターといえば、デイブ•グラハム、トミー•コールドウェル、そして、クリス•シャーマだったと個人的に思います。

Dosage も出たばかりで、アホみたいに観てました。

特に、シャーマのRealization は、鳥肌が立つくらい衝撃でした。

 

いつか、ああいう風になりたい。

きっと、なれる。

そう、一度は思いを抱くのではないでしょうか。

影響を受けたクライマーに近づける(そんな気がするだけ)。

まぁ、理由は何にせよ、登りたいものがあるのは良いことです。

 

今日は、グロバッツスラブをメインにトライ。

もう何度、この林の中のボリダーにきたことか。

左足よ、もう少し、もうちょい、上がってくれ。

そんなことを繰り返している内に、心の灯火が揺らぎ始めたので敗退。

経験上、独り言が多くなった時は登れないので移動しました。

少しだけ、かじったTwo monks 。

得意のカチも、よれよれで、指が開いてしまう。

不完全燃焼で終わりました。

 

小川山に来る理由は、この二つだけ。

だけれども、まだまだ来ることになりそう。

毎回、自分の弱さに意気消沈してしまいます。

だけれども、諦めずにやり続けよう。

初登者の二人を尊敬するのは、今だに第一線で活躍していることです。

ストイックなグロバッツと笑顔が素敵なシャーマ。

強くはなれなくても、こういう部分は見習いたいものです。

その体現が、小川山に来る本当の理由なのかもしれません。

小川山遠征-風をあつめての巻

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たまに、どこか遠くへ行きたい気分になる。

そういう風が、心に吹いたら、出かけよう。

そう考えるようになりました。

行きたいと思った時が、行くべき時期なんだろうなと。

新田次郎さんの小説「武田信玄」を読み、広告でシュテファン•グロバッツさんの姿を見たら、行き先は決まったようなものです。

ということで、長野へ。

 

そんな場合じゃない。

と、これまで心の風に抗ってきました。

じゃあ、どんな場合だったのよと聞かれても、今となってはわかりませんが。

とにかく、必死にしがみついていたのでしょう。

逃げたら負け、というくだらない意地にとらわれて。

時には、一度手を離して、遠くから見た方が良かったのですが。

そもそも、離れることは、逃げるのではなく、間合いを取ることですしね。

 

心に風が吹くのは、何かに息詰まっている時のような気がします。

周りが見えてないから、ちょっと視野を広げてごらんという合図ですね。

近頃は、クライミングも狙いの課題に手詰まり、シューズのソールを消費するだけでした。

もちろん、諦めたわけではありません。

ちょっと距離を置いてみる。

そういう時期なのでしょう。

 

"風をあつめて、蒼空を翔けたいんです。"✳︎

はっぴぃえんどを口ずさんで、磐越道をひた走る。

その蒼空が、小川山というのは、何ともスケールが小さい気もしますが。

でも、その人が行きたい場所に、小さいも大きいもないですね。

行きたいと思った時に、行きたい場所へと向かった。

たまには、風に身を委ねる。

その気持ちを大事にしたいです。

 

✳︎はっぴぃえんど  風をあつめて

キレイゴト。

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久しぶりに、レイチェル•カーソンを読みました。

高校の時に、キレイゴトを言うおばさんだなと感じた記憶があります。

私自身、おじさんになり、キレイゴトを言うのも、とても大変と気付きました。

山盛りの批判、孤立への恐怖。

それらに、打ち勝つ勇気が必要です。

 

とはいえ、キレイゴトを言う人は、たくさんいます。

だけれど、キレイゴトを実行できる人は、そんなにはいません。

そんなはずなんですが、周りを見渡すと、胆力みなぎる友人が割といます。

 

世界平和だとか、決して大きなコトでは無く、山でゴミを拾うとか、非常に小さなコトなのだけれども。

どれだけの人が、それを語り、実践できるのだろう(自分も含め)。

そもそも、キレイゴトが、必ずしも大きい必要は無いのでしょう。

やるか、やらないのかが大事であって。

 

小さなキレイゴトが、水面を波立たせ、やがてはうねり、世界やルールを変えていくのかもしれませんね。

とはいえ、批判は嫌だし、孤立は怖い。

そんな臆病者の私には、一人じゃ何も出来無いけれども、一人じゃ無いから何か出来るような気がするのです。

 

✳︎失われた森―レイチェル・カーソン遺稿集 https://www.amazon.co.jp/dp/4087733254/ref=cm_sw_r_cp_api_XAORzbK8ARAQ7